蝸牛の庵

すきなことすきなだけ 自分のために書いてます

弔うには遠く、忘れるには近い

 

自分のこころの整理のために書きます。別れはやっぱりつらいというお話。

 

 

20年ほど生きてきて、それなりにひとと関わってきて、それなりに死別も経験してきた。

血の繋がったひと、そうでないひと。親しいひとも、もっと親しくしたかったひともいた。すごく尊敬していたひとも、たくさん愛をくれたひとも。動物のいのちもあった。
ぜんぶ悲しかったし辛かったけれど、どうにか飲み込んで、受け入れて生きてきた。それに、感情にブレーキをかけるのは苦手じゃないという自負もあった。

 

だから今回も大丈夫と思った。
だって、彼はアイドルでわたしはファンで。それだけだった。

第一わたしはしゃをるでもジョンペンでもなくて、新曲が出たら聴いたり、流れてくる画像や動画を楽しんだり、日本でテレビに出ていたらチェックしたり、その程度のことしかやってこなかった。ただ、親戚のお兄さんたちのような、そんな距離感だった。

SMのグループたちがゆっくり、或いは突然に、もとのかたちを失っていくなかで、SHINeeだけは変わらなかった。大げさではなく希望の光としてあたりまえのようにそこにあった。
楽曲も素晴らしくて、パフォーマンスもいつも素敵で、個々の力が望まれる方法で発揮されていて、メンバー仲が良くて。
正直なところ、ソルリがいなくなったとき、しゃをるさんは幸せだな、なんて僻み半ばに思ったりもした。

 

とりわけ音楽の才に恵まれた彼の存在は大きかった。歌声はステージでも圧巻で、誰にも真似できない。韓国アイドルはトレーナーの歌唱法が色濃く出てくるので、悪く言ってしまえば没個性化しやすい。そのなかでも彼の声は少し聴いただけでもわかるくらい優れた、唯一無二のものだった。
えぷや他グループのメンバーと仲良くする様子がよくみられていたから、わたしが目にする機会も多かったかもしれない。

 

強くて、かっこよくて、綺麗な瞳の、あったかいひと。
ほんとうにキラキラしていた。

 

俄が何を、と思われるかもしれない。
でも、わたしにも届くくらい強い光だったということだ。

 

 

最初にそのニュースがでたとき、嘘だとか悲しいとかよりも先に、なんで、という怒りにも似た気持ちがいちばんにやって来た。
本人に対するものでも、自分に対するものでも、周りの人たちに対するものでもなくて、ぶつけどころのない怒り。

 

なんで、そんなん、おかしい。
おかしいに決まってる。
そんなことあったら絶対にだめだ。
誰が望んだ。誰が選んだ。誰が許した。

 

わたしは許せなかった。もしかしたらわたしが知らないだけで、ひとはこの許せない気持ちを悲しみというのかもしれない。

 

思えばいままで経験してきた死別は、高齢や病気のために、一瞬でも死という言葉がよぎったことのあるひとたちとのものばかりだった。
突然のものもあったけれど思い返してみれば心当たりがないわけじゃなくて、それを理由に自分を納得させられた。

 

今回は違う。彼の遺書を読むことになるなんて、そんなの一瞬だって、想像したこともなかった。


あたりまえにそこにあって、いつかはステージを降りて、家族をつくったり、次の世代にバトンを渡したり、そしていつか私の知らないところで、しわだらけの手を振って、幸せな思い出を抱えて去っていくのだと。そう勝手に思っていた。

 

アイドルもわたしたちと同じで、こんなにあっけなく終わるのだ。そのことになぜか理不尽さを感じた。

 

うつのことも終わってから知って、ステージで仲間と一緒に何千人、何万人に囲まれたあの彼はずっとひとりぼっちだったんだなあと思った。
わたしたちを幸せにした彼の歌が、彼の心を蝕んでいた。
魂がこもってるなんて表現は月並みだけれど、ほんとうに魂を削ってつくった歌だったのだから当然だ。

もしかしたら、もう心は冷たくからっぽになっていたのかもしれない。

 


あれから1週間近くたって、いまだ私はあの12月18日に取り残されている。
自分でも不思議なくらいだ。
実感がわかなくて、なんだか、ジョンヒョンという役はいなくなったけれど、彼自身はどこかで元気にやってるんじゃないか、そんなフィクションに縋りたくなってしまう。

 

彼の、SHINeeの歌はとてもじゃないけど聴けなくて、でもほかのひとの曲を聴いている自分もなんだか嘘をついているようで、ラジオか無音の生活をしている。

こんなにも死の受容に時間を要しているのはたぶん、悼むことはできても弔うことができなかったからだ。

 

わたしは死後の魂の存在についてはあまり考えないほうで、弔いは遺されたひとたちのためのものだと思っている。
弔うことで死を受け入れ、慰められる。

 

でもわたしたちは彼の棺に一輪の花を添えることさえ許されていない。最期の姿を目に焼き付けることもできない。悲しむ遺族を抱きしめることも、親しかったひとたちと故人の思い出を語ることも。
日常は変わりなく流れていて、海の向こうで知らないあいだに彼は見送られ、行ってしまった。

 

いったいどこで線を引けというのだろう。
いつだって画面の向こうで、彼からはわたしなんて見えていなくて。機械がなければ彼の存在を知ることも、その死を知ることもなかった。
弔うには遠く、忘れるには近すぎる。
そんなひとの死を、どうやって受け入れたらいいのだろう。

 

わたしはまだ、その術を知らない。

 

願わくば最期にあなたの瞳にうつった景色が、幸せなものでありますよう。ただそう願っている。

 

 
お疲れ様でした。

ありがとう。

じゃあね。