蝸牛の庵

好きなこと、好きなだけ

反省文を含む自己統制のはなし

 

 

或る日の出来事である。

 

ほんとうに危険な行為を、やや非難を含めた言い方で指摘したところ、

「あなたは心配しているつもりかもしれないがただの非難にしか聞こえない!」

と言われた。

 

いや非難なんですけどね と思うのと同時に、もっと平和的解決を図ったほうがよかったのにと自分の未熟さを痛感した。

 

きっと相手の心には『非難された』という感情だけが刻まれて、『危険である』という事実は二の次になってしまっている。

わたしはわたしのことば選びで損をしたし、相手は学ぶ機会を失った。もしかしたら同じことが繰り返されて、今度は事故につながるかもしれない。

 

わたしはどちらかというとコミュニケーションをベースにする職種を選んだので、公的な場などでの意思伝達についてはそれなりに訓練する機会を持てている。

だが、プライベートではまだまだそうはいかない。

言いたいことを精査せずに口から出してしまったり、そもそも伝わりづらい言い回しやタイミングを選んで混乱させたり。或いは、分かっていて悪意を濾過せずにことばに含めてしまったり。それで今回のように失敗もする。

 

上手にことばをつかえるようになりたい。もっと精錬して、伝達したいことだけを発信する。

少なくともそこに、送り手のマイナス感情は必要でないのだ。いくらこちらのコンディションが悪くともそれは相手の与り知るところではない。

疲れていようが体調が悪かろうがホルモンバランスで気分が優れなかろうが人を傷つけていい道理はない。八つ当たりされて不快に思わぬ人間などいない。

 

自己統制。

きっといつまでも、生きている限り、一生、わたしはわたし自身と戦っていかなくてはいけない。

最大の敵は自分自身 というのは、何度となく耳にしてきた表現であるが、その意味をいま身をもって実感している。